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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和39年(ワ)317号 判決

主文

(一)  被告は、原告に対し金二〇万円およびこれに対する昭和三九年七月三一日以降右金員完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  原告のその余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は、これを六分しその一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

1  原告

(一)  被告は、原告に対し、金一二〇万円とこれに対する昭和三九年七月三一日以降右金員完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および担保を条件とする仮執行宣言。

2  被告

(一)  原告の請求はこれを棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  主張

一  請求の原因

1  (請求原因事実の要領)

(一) 原告は、昭和三三年以来兵庫県知事の免許を受けて、宅地建物取引業を営む者である。

(二) 原告は、昭和三八年一〇月一七日被告から、訴外浜卯之助を売主、被告を買主として、右売買当事者間に同年七月二三日ごろ締結された大阪市東淀川区十三南之町一丁目九番の二、宅地約六〇坪(以下本件宅地という。)の売買契約(以下本件売買契約という。)に関し、その契約上の不備を補完し、かつ、適正に取引(履行)を完結するため、これに必要な事務を、被告に代つて、処理してもらいたい旨の依頼を受けてこれを受任し、その際被告との間に、取引完結のときは、大阪府告示第一七一号による報酬を、また、もし売主の違約により本件売買契約が解除されたときは、買主たる被告が、売主から受取るべき違約金の半額に相当する報酬の支払を受ける旨の報酬契約を結んだ。

(三) 原告は、右受任後本件売買契約に関し、被告に助言して本件宅地に所有権移転登記請求権保全の仮登記を取得させる等の有効適切な措置を講じる一方、契約上不備な売買当事者双方の履行期およびその方法等をめぐつて売主浜と交渉し被告に有利に交渉を妥結させた。

ところが、被告は、同年一一月二五日ごろ、原告に対し、買受代金調達の見込が立たないことを理由に、売主と交渉してさらに代金支払期限の猶予を得るか、売主がこれに応じないときは、被告が本件契約締結に際して売主に交付しており、かつ代金不払を理由に契約上売主に没収されるべき手付金八〇万円を、せめてその一部でも返還してもらつて本件売買契約を合意解除してくれるよう依頼した。そこで原告は、できるだけ被告に有利に本件売買契約を解消すべく、何度も売主浜やその代理人らと接渉を重ねていたところ、売主が本件土地を第三者に二重譲渡したことが判明したこともあつて、昭和三九年四月二七日原告と浜の代理人内田小一郎との間に、被告本人が同意することを条件に、売主は被告に手付金の倍額金一六〇万円を返還して本件売買契約を解消するという合意が成立した。

ところが、被告は右の条件による解除を拒否し、また、同月二九日何らの理由なく原告に対する委任を解除したのち、売主側と直接交渉して昭和三九年五月下旬本件売買契約を解消し、前記仮登記抹消と引換えに、売主浜から違約金二四〇万円を受け取つた。

2  (原告受任以後の受任事務遂行の経緯およびその間の事情)

原告が本件を受任した事情およびその後の経緯はつぎのとおりである。

〔一〕 原告は、かねてから被告夫婦と業務を離れて懇意な間柄であつたが、昭和三八年一〇月一七日被告の妻が不動産売買契約書二通(甲第九、第一一号証)を持つて原告方を訪れ、原告にこれらを示して「本件売買契約を仲介した林新二が、再三にわたり、同じ内容だから契約書を書きかえてくれと言つて来るが何度も契約書を書きかえるというのは納得がいかない。売主浜の妻の口ぶりからすれば手付金流れを企てているのではないだろうか。こういうことをする浜や林を信頼して、直接取引することには危険を感じるので、右取引完結に必要な事務処理を原告に依頼したい。」旨を述べた。他人が仲介して、もつれかけた取引を適正に完結させることは、新たな仲介や代理をする場合以上に難しいことで、普通なら断わるところであるが、被告とのそれまでのつきあいの上から、また業者として不動産取引を取引業法の趣旨に適合するよう解決すべきはその責務であると信じている原告としては、これを断るわけにもいかないと考え、被告の妻に対し、宅地建物取引業者である原告が受任するについてはこれまで一寸した相談ごとの際被告から貰つたような儀礼的謝礼ではすまないことを説明した上、被告の妻が持参していた契約書の一通(甲第一一号証)の表紙裏面に印刷されていた報酬規定を示し、このとおりの報酬支払を約束するなら、引き受けるといつたところ、同人はこれを快諾した。そこで、原告は被告本人の意向を確認するため、同日被告の妻と共に被告方に赴き、事情を聴取し、右報酬の点を含めて原告への委任の意向を質したところ、被告は原告に対し本件解決の一切を委任する旨を述べて、その旨の委任状(甲第二号証)を交付した。原告が、被告夫婦に示して、確認させた報酬規定の印刷文言はつぎのとおりである。

「大阪府宅地建物取引業者報酬額

大阪府告示第一七一号

売買又は交換の場合

二百万円以下の価額  百分の五

二百万円を超え

五百万円以下の価額  百分の四

五百万円以上の価額  百分の三

(一) 右報酬額は物件委任者及取引の相手方の双方より取引業者に支払ふものとす

(二) 委任者又は取引の相手方のみに於て報酬を支払ふ約定にて取引成立したる時は其倍額

(イ) 契約成立したる時は報酬の半額当を双方より取引業者に支払ふこと

(ロ) 契約成立後買主の都合に依り解約したる時は売主が受取りたる手附金の半額当を、売主の都合に依り解約したる時は買主が売主より受取る可き違約金の半額を取引業者に支払ふこと」

〔二〕 原告が、本件受任の前後被告夫婦から事情を聴取し、契約書等を検討した結果、本件売買契約をめぐるいきさつはつぎのようなものであることが判明した。

〈1〉被告ら夫婦は、知人の林新二に旅館を建築経営したいと思うから適当な土地を紹介してほしいと依頼し、林の仲介で、同年七月本件売買契約を締結、同月二二日付で契約書(甲第九号証)を取り交した。

〈2〉その契約内容の主要な点についてみると、本件宅地の売買代金は、一坪当り金二二万五〇〇〇円、地積は約六〇坪とするが実測によること、本件宅地上に現在居住する売主は、向う三ヶ月の間に転居し、地上建物三棟のうち二棟は取り毀し、残り一棟は買主において売主の隣接土地へ移すこと、売主転居後双方協議して取引日を定めること、買主は契約締結と同時に手付金八〇万円を売主に交付すること、売買当事者のいずれか一方に違約のあつたときは、他の一方は相手方に対し直ちに本契約を解除することができ、買主が違約したときは、手付金は売主において没収することができ、売主が違約したときは、売主は手付金の倍額を買主に償還しなければならないことなどとなつている。

〈3〉被告は、契約に際して右手付金八〇万円を交付ずみであるが、残代金支払の見込について、売主や仲介人林に対し、尼崎市から受け取るべき土地の売却代金四〇〇万円のあるほか、銀行預金、金融機関からの借入金で調達するつもりであると述べて本件売買契約を結んだ。

〈4〉その後一〇月に入つて、売主から被告に対し、転居するについては、伊丹の方で家を買う費用が必要なので、売買代金のうち金三〇〇万円を月末までに支払つてくれ、残額は急がないとの申入れがあり、被告はこれを承諾した。

〈5〉一〇月一四、五日ごろ、仲介人林は、印刷された不動産売買契約書用紙を被告方に持参し、売主浜が、本件売買契約書を伊丹で家を買つた時作成されたような印刷された契約書に書きかえてくれと言つているので、内容は先に作成したものと同一であるから、書きかえてやつてくれと被告に頼んだ。被告はこれに応じて、持参の契約書一通に署名捺印して林に手渡した。

〈6〉ところが二、三日後の同月一七日、林は再び、すでに売主の署名捺印のある前同様印刷された契約書用紙を持参し、前の分は売主の所持する契約書、これは買主の被告の方で所持すべき分だから、これに署名捺印のうえ保管しておいてくれ、これを渡すから当初の契約書は返してくれと言つて来た。被告は、契約内容は同じだという林の言を信じてこれに署名押印したところへたまたま外出先から帰つて来た被告の妻がこれを見とがめ、夫を制止して、当初の契約書および書換え第二回目の契約書を持つて原告のところへ相談かたがた依頼に来るに至つた。

〈7〉当初の契約書と書換え第二回目の契約書との異同を対照してみると、(イ)当初の契約書においては「取引の期日は売主が約三ケ月以内に転居した時と定め双方協議の上定める。」となつていた履行期の定めが、書換え後の契約書では「本契約期限を昭和三八年一〇月二二日迄と定め、右期限内に双方協議の上所有権移転登記の申請を行い、完全なる所有権を移転する云々」と変り、売主の先履行義務である転居に関する文言が脱落し、(ロ)当初の契約書上では、売買目的物件として、本件宅地のほか、同地上建物のうち、木造瓦葺二階建倉庫と木造亜鉛葺平家建住宅各一棟は、被告が買い取つたことにして、売主において取毀す約束であつたが、書換え後の契約書では目的物件の記載から完全に姿を消し、他に地上建物の処分に言及する文言が見当らず、(ハ)当初の契約には見られなかつた売買当事者一方が違約し契約解除になつたときは、手付金の没収または倍返しの規定による違約金の半額を取引業者に支払う旨の条項が加わつていること等その主要な点で単なる条項番号、文言の違い以上に内容的差異を生じている。

〔三〕 原告は、以上の事実から推して、売主浜と仲介人林(原告はのちに無資格者であることを知つたが、当時は公認の不動産取引業者であると思つていた。)が共謀して、不動産取引に全く暗くかつ仲介人林を全面的に信頼している善良な被告夫婦(原告は当時、被告夫婦を善意の人として信頼していた。)を欺し、当初の契約書上売主側に不利な点を契約書の単なる書換えという名の下に有利に改変し、手付金流れによる不当な利益を企てているものと判断した。しかし、すでに被告が書換え第一回目の契約書に署名捺印してこれを林に手交してしまつており、それが書換え第二回目の契約書と同一内容であるなら、被告は一〇月二二日の代金支払期日を承諾したかたちになつており、被告において右期日に支払をしなければ、売主側に手付金流れの口実を与えることになる。そこで、原告は被告に対し、業者である原告が指示していることがわかれば相手方で警戒して要求に応じないことを慮つて、原告に相談したり、処理を委任したことを絶対に言わないように注意したうえ、記載内容が同一かどうか確かめたいから書換え第一回目の契約書を持つて来てみせてくれるように仲介人林に依頼すること、その際林に売買代金は一〇月二二日迄に持参支払うと言つておくように指示した。

〔四〕 翌一〇月一八日ごろ被告から、林が書換え第一回目の契約書を持つて来たとの連絡があつたので、原告は被告方に赴いた。そして、原告は、書換え後の二通の契約書は実質的に売主と仲介人において作成したもので買主の被告は関与しておらず、被告の署名捺印したことがその真意によらず誤りであるから抹消したらよいと指導したところ、被告は、これを実行した。しかし、手付金流れを防止し、本件宅地買取り実行のためには、被告において買受代金の調達を急がなければならず、被告が、売主に対し、一〇月末迄に内入代金三〇〇万円を支払うことを約束している以上、少くともその期日は遵守しなければならない。被告には差しあたつて資金調達の目途がないということであつたので、原告は、被告に対し本件宅地に所有権移転請求権保全の仮登記を受けて、これを担保に金融を得る方法を教え、原告が指導していることを黙秘することについて念を押して、林を通じて売主に「金主は二重売りの危険のない売主であることの立証があれば、買受資金を出してやると言つているから、仮登記をつけてもらいたい。」旨依頼するよう指示し、その手続を指導した。

その後、被告から電話で、売主側は仮登記には応ずるから、被告の印鑑証明と居住証明を持つて来るように言つているのだがという相談があつたので、被告側のそういう証明書類は仮登記を受けるのには不要であるから、持つていつてはならない、しかし持つているように装つてでも仮登記だけはしてもらうよう助言した。

(五〕 同月二五日本件宅地につき、被告のために、所有権移転請求権保全の仮登記がなされた。売主や林が異議なく仮登記に応じてくれたことから、原告は同人らが手付金流れを翻意したものと判断した。被告は、本件宅地を担保に供すれば、代金調達のあてがあるというので、原告はこれを督励した。

〔六〕 同月末日、被告は原告宅へ来て、浜に支払を約束した内入代金三〇〇万円が調達できないと述べた。原告は、被告に約束した以上信義則に従つてその義務を履行すべきことを強調したが、被告はなんとかこの場を救つてくれと懇願した。聞くところによると、売主浜は被告の支払をあてにして、伊丹の家屋の買取り代金を銀行から借り受けているという話であつたので、原告は、被告の支払遅滞のため、浜が銀行に返済できなくなることによつて蒙る損害、すなわち、銀行利息相当額の金一万〇五〇〇円を被告に用意させ、同日被告の代理人として浜方へ赴き、代金内入れの遅延を陳謝すると共に、右損害金を提供して期限の猶予を求めた。

仲介人林も加わつて、協議した結果、できるだけ早く売買代金を調達するということで、売主は原告の申出を容れ、右損害金を受領した。

〔七〕 同年一一月に入つて、原告は毎日のように電話で、また一日おきに被告宅に出赴いて、代金調達の様子を尋ね、あるいはこれを督促する一方、売主浜が一切を委せたという浜の孫と、その勤務先である商工信用金庫において、あるいは被告方で、代金支払請求の矢面に立つて折衝し、その履行を猶予させた。

〔八〕 同年一一月二〇日、売主代理人弁護士西村浩、同藤沢正弘連署の同月一九日付内容証明郵便による代金支払の催告状(甲第一九号証)が被告に届いた。原告は、これに対し、売主が当初の契約書上明記されている先履行義務を果していないことなどを理由とする拒絶の回答書の案文を作成し被告に提供し、被告はこれによつて回答した(甲第二〇号証)。

〔九〕 一一月二五日、被告は原告宅に来て、代金調達が不可能であることを告げた。買受の真意とその代金調達の見込みがあるという被告夫婦の言葉を信じて奔走してきた原告は、はじめて被告の買受けの真意に不審を抱き質したところ、被告は本件土地の買受けは、売買契約を結べば直ちに転買人が得られるものと思つていたと転売目的であつたことを告白し、原告に対し、この上は売買代金支払の猶予を得られないものか、それがうまくいかない場合は、手付金のいくらかでも返還してくれないか、今一度売主と交渉してみてくれ、それも聞き容れられないときは、手付金全額をあきらめ仮登記抹消に応じる旨述べた(甲第三号証)。原告は、妻が前後を顧みず強引にやつた結果が売主にも原告にも迷惑をかけることになつてしまつたと述懐する被告を気の毒に思い、被告の妻も右被告の申出と同じ気持なら、売主と交渉してやろうと思い、翌日被告の妻の意向を質したところ、同人もこれに同意であることを原告に確認して前記趣旨の委任状を書き、これに被告が署名して原告に手交した(甲第四号証)。

〔一〇〕 そこで、原告はその日売主浜方へ行き、同人と接渉の末、被告は手付金全額の返還を条件に仮登記の抹消に応じる、この合意解除に応じてくれるなら、原告が責任をもつて、本件宅地を被告に対する売却代金以上で他に売却すべくあつせんする旨申し入れたが、話合は不調に終つた。

〔一一〕 一二月三日、浜、林、西村弁護士ほか売主側数名が、仮登記抹消を求めて被告方へ来たが、被告自身は会談を嫌忌、原告が代理人として同人らと接渉、その後同月二七日までの間前後五回にわたり原告は売主方へ赴くなどして前項提示の条件で交渉したが話がまとまらず、原告は、売主においてもし今の段階で二重売りするようなことがあれば刑事処分の対象になることを売主に警告した。

〔一二〕 昭和三九年二月二〇日ごろ、大阪市内十三の不動産取引業者であると名乗る内田小一郎から原告方へ本件宅地について話し合いの申入れがあり、原告は同月三〇日被告を伴つて同人と会談したところ、内田は、「本件宅地に隣接する売主所有の角地を同年一月坪当り金九万円で買取つた。本件宅地についても、売主浜と被告との間の売買契約は、被告の代金不払によつて無効だから、自分が買取ることにした」旨述べた。

原告らはこれを措信しなかつたところ、翌三一日内田は原告に電話で、本件宅地を浜から今日坪七万円で買い取り公正証書も作成した、被告には手付金のうち金六〇万円を返還して問題を片づけたいと申し入れて来た。原告は、これに対し、売主が刑事事件を犯したのなら相当の処分を考慮すると伝え、同人の申入れに対しては正式回答を留保した。

〔一三〕 原告は直ちに被告に連絡し、同日被告方へ行つて、被告夫婦とこの事情の変更にどう対処するかを協議した。

その際、原告が、被告において売買代金を全額調達できれば、仮に受領を拒絶されても供託の方法によつて本件土地の所有権を完全に取得できると述べたところ、被告の妻は、内田が坪七万円で買い取つたというのに、坪二二万五〇〇〇円は払えないというので、真実坪七万円で二重売りが行われているのであれば、坪七万円の割合による代金の供託で足りると答えたところ、被告は右の割合による代金を同年四月七日迄に金策することを決意し、原告にその後の手続を依頼した。

〔一四〕 同年四月六日、原告は内田に対し、被告は金六〇万円の手付金の返還では仮登記抹消には応じ難い旨回答した。

〔一五〕 被告は、原告に依頼した四月七日までには買受代金の調達ができず(被告は、義兄小山義夫から借り受けるつもりであつたが目的物件をみた小山から融資を拒絶されたと原告に述べた。)、同月一一日になつて、原告方へ他から金二〇〇万円の小切手の融通を受けることができたといつて来た。

そこで同日、原告は先ず被告の妻を伴つて内田の土地売買の実情を調査するため十三へ出むき、(ちなみに、十三で、知人である不動産取引業者と待合わせ中、被告の妻は原告に「あの土地は絶対うちが買取りたいから、力一杯尽力して下さい。お礼はします。おじさんは〈公〉以上は一銭も貰わんと固いことを言われるが、うちの気持としては〈公〉で済ますようなことはようしない。」などと言つて原告を督励した。)その帰途売主浜方へ立ち寄り、売主の二重売りはあつたが、被告の方であくまで買い取ることを交渉したが、被告の妻と浜との間に大口論が起り、話し合いは物別れに終つた。

〔一六〕 同月一三日原告は、被告を伴つて、売主から西村弁護士らを代理人として大阪地方裁判所へ提起された被告に対する本件土地の仮登記抹消請求事件につき、同裁判所へ答弁書を提出し、その帰途売主方へ立ち寄り、内田小一郎外二名の立会うところで売主浜に対し、売買代金の内金として前記金二〇〇万円の小切手を提供したが、受領を拒絶された。

〔一七〕 翌一四日被告が、さきの金二〇〇万円の融通小切手を返せば、金六〇〇万円の小切手にして貸してくれることになつたと言つて来たので、原告は預つていた小切手を被告に返戻した。

〔一八〕 同月一六日、被告の妻が原告に対し、親類に弁護士がいるから、弁護士の手で裁判を通じて本件土地を買い取つてしまいたいと言つて来たので、原告はこれに賛成し、これまでの報酬として金四〇万円を支払つてくれれば、その弁護士に直ちに一切の引継をすると回答した。

しかし、被告は右報酬金の支払をしなかつたので、原告はそれまでに被告から預つていた関係書類を手許に留置した。

〔一九〕 同月二六日、そのころ被告において、六〇〇万円はおろかただの一〇〇円の借入すらできないことが確定的となつた結果、被告は原告に対し「売主の浜さんが手付金を半分でも返してくれたら、おじさんには少いけれども辛抱してそれを持つていて下されば、仮登記も抹消しますし、また貧乏は一生買い切つたものでもないので、金が入ることもあれば十分のお礼をさせてもらいます。」と述べて、再び買取りを断念し、手付金全額の放棄を表明すると共に、本件売買契約を解消すべく原告にその処理を依頼した。

〔二〇〕 本件土地を買取るべく被告のために尽力した原告としては、甚だ残念なことであつたが、熟考の結果、その頃売主の代理人となつていた内田小一郎に対し、手付金二倍返しと仮登記の抹消とを交換条件に本件売買契約の解消を申し出たところ、内田から浜本人および西村弁護士もこれに同意した旨の回答があつたので、同月二七日内田との間に右条件による売買当事者代理人間の契約書(甲第二六号証)を作成した。内田は右契約書に署名しながら、同契約条項上即日支払義務を認めた契約保証金一〇万円を提供しないので、これを請求したところ、買主たる被告本人がこの解除に同意したら実行すると主張して原告の請求を拒絶した。原告は、買主本人は三倍返し、五倍返しでも同意しない、しかし、買主の真正な代理人である原告に手付金返還を履行さえすれば、仮登記の抹消は確実に実行できると説得したが、内田はこれを聞き容れなかつた。

〔二一〕 そこで、やむなく、買主本人の同意を得るため、同日午後九時から前記小山義夫宅に売主の代理人内田ほか数名、原告、被告夫婦および小山が会した。

右会合においては、内田の手付金二倍返しで仮登記抹消に応じてくれという申し入れに対し、先ず、小山が「手付金の二倍以上出せないのか。」と質したのに対し、内田は、それはできないと答えた。被告夫婦、小山それに原告は別室で協議したが、その際被告夫婦が原告に対し「手付金の二倍返しに同意したら、その半額は業者報酬として原告に渡す約束であるが、半分に負けてくれないか」と頼んだ。これに対し、原告が、「昨年一一月二五日、二六日には手付金全額を流すことに決心して仮登記抹消に同意しておきながら、私が仮登記を頼ませた結果、仮登記までしてくれた本人が二重売りの犯罪をおかしたため、漸く私が二倍返しに同意させて、手付金がそつくり戻るようになつたのに、そのことを感謝せず、減額を主張するのは不当も甚しい。」と拒絶したところ、被告は手付金二倍返しでは仮登記抹消には応じられないと言い、売主の二倍返し案を拒否した。

〔二二〕 同月二九日、原告が被告宅に善後策を相談するため行つたところ、被告の妻は「おじさんはうちにかくれて、内田さんから莫大な金を受け取つておる。そんな悪いことをするおじさんとは思わなかつたので、今後一切お世話になりませんから、来ていらない。」と事実無根のことを主張したので、原告はその取消を求め、不当な解任によつて報酬請求権を失うものでないことを告げて帰宅した。

〔二三〕 その後、内田小一郎、林新二、その他一名とが相談の結果、同年五月二五日浜、被告間に和解が成立し、被告は手付金の三倍返しを受けることを交換条件に仮登記の抹消に応じたものである。

〔二四〕 原告は、前項の和解の事実は訴訟記録を閲覧してはじめて知り、小山義夫を介して被告に本件報酬を請求したが、被告は同年六月二六日お中元として現金書留郵便をもつて金二万円を送付して来たことがある(これは、通常の儀礼的なものと理解する。)ほか、何らの支払もしないので、原告は同年七月二一日尼崎簡易裁判所に支払命令を申立て、同命令は同月三〇日被告に送達された。

〔二五〕 以上を要するに本件売買契約は、被告の妻の悪質な計画に端を発する。すなわち、当時尼崎市から受領すべき土地売却代金はすでに受領ずみであり(甲第一二号証の一、二)、その他なんら代金支払の能力もなく、転売目的であるのに虚言を弄して、売主浜を騙し、果ては被告夫婦を信頼していた原告をもだまして、真実買取りの意思と能力があるものと誤信させ原告の指示により、善意の浜につけさせた仮登記を武器に、原告の尽力を土台にして、浜の二重売りという弱みにつけこんで金二四〇万円という不当の利得をしたものである。

ここで、原告の請求金額一二〇万円の根拠について一言する。なるほど、被告は契約当初金八〇万円の手付金を売主に交付している。従つて、被告が真面目な通常の買主であるなら、売主の違約により契約が解除されたときは、当然その償還を受けうるが、すでに述べたとおり(前〔九〕〔一九〕項)、被告は売主に対し手付金全額を放棄していたのであるから、右八〇万円は手付金としての効力を失い、被告が売主から受領した金二四〇万円全額が違約金の性質を有するものと解する(このように解することは、本件被告夫婦の如き悪質知能犯的偽装の買主行為の発生を防止するためには、信賞必罰的報酬行為の貫徹が極めて適切なる手段であることに鑑み最も妥当である。原告の本訴提起も、民事裁判の目的趣旨は正に右の信賞必罰にありと判断するからに外ならない)。従つて、被告は、原告に対し、その受領金額の半額金一二〇万円を支払う義務がある。

3  (まとめ)よつて、原告は、被告に対し、第一次的に宅地建物取引業者の報酬請求権に基づき、第二次的に民法上の委任契約に基づき、約定の報酬金一二〇万円と、これに対する支払命令送達の日の翌日である昭和三九年七月三一日以降完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁ならびに抗弁

1  (答弁)

被告が、昭和三八年七月二二日ごろ、訴外林新二の仲介により訴外浜卯之助との間に主張のような内容の本件宅地の売買契約を締結し、金八〇万円の手付金を浜に交付したこと、その後本件宅地を売主浜が他に二重譲渡したこと、本件売買契約が結局解除となり、被告が売主浜から合計金二四〇万円の交付を受け、これを受領したことはいずれも認める。

原告の主張は、くどくどしいので、一々答弁の限りではないが、要するに、本件宅地の売買について、被告が原告に、売主との間の仲介あるいは代理を依頼し、かつ報酬を約束したとの主張事実および被告の委任に基づき、原告がその事務を遂行したとの主張事実はすべて否認する。

被告は、売主浜との間に本件売買契約をめぐり訴訟が起つたので、訴訟に詳しいという評判であつた原告に、本件売買契約書その他関係書類を見せて相談したところ、その書類を預るとて取り上げてしまい、第一回口頭弁論の日も迫まるのにこれを返さず、訴訟事件に介入して来たものに外ならない。

2  (仮定抗弁)

仮に、原被告間の委任と報酬契約に関する原告主張事実が認められるものとすれば(そして、本訴請求は要するに商法第五一二条あるいは民法第六五一条を根拠とする請求と解されるが)、被告はつぎのとおり主張する。

(一) 原告が本件売買契約に関与したのは、本件宅地の売買当事者間に売買契約成立後のことであり、かつ売主側から被告に訴訟が提起されてから後のことである。従つて、原告の行為は、その主張自体から明らかな如く、思い上つた専門家意識から答弁書を作成したり、裁判外で相手方代理人弁護士と交渉したりというように、報酬を得る目的で訴訟事件に介入し、法律事務を取り扱うことを目的としたもので、右は弁護士法第七二条に違背し、同法第七七条の刑罰の制裁をもつて臨まるべき行為であるから、民法第九〇条に照し、原被告間の契約は無効である。

(二) 被告が売主浜から受領した金二四〇万円は、大阪地方裁判所昭和三九年(ワ)第一、三二〇号所有権移転請求権保全仮登記抹消請求事件の和解金として受領したもので、売買契約上の違約金ではない。すなわち、原被告間の委任関係と、被告の右金員受領の間には因果関係はない。

(三) (1)原告は、原告の介入当時、すでに売買契約が成立していたことを自認しているが、すでに成立している契約を批判することもしくは相手方に訂正させること、または履行を完了させることは、宅地建物取引業者の業務そのものではない。宅地建物取引業法第二条第二号後段にいう売買等の「代理若くは媒介」は、契約締結に至るまでの代理または仲介を意味し、本件の場合は、業務の範囲外である。仮に、契約成立後の右のような行為についてもこれに介入した業者に当然報酬請求権を生じるものとすれば、売買当事者は、契約成立までの仲介業者、その後の一部履行に関する介入業者等にその都度多額の報酬支払義務を負担することになり、甚だ不当な結果を招来することになる。その他本件において、原告の行為は、その主張のいずれをとつてみても業務の範囲に属するものではない。それは、単なる委任ないし準委任とみるべきものである。

(2)委任または準委任においては、当事者はいつでもこれを解除することができる(民法第六五一条)。そして、被告は、昭和三九年三月ごろ(浜・被告間の前記訴訟第一回口頭弁論期日の前日)原告に対し依頼を撤回し、その介入を拒否した。右解任は、原告が被告の意思を無視して独断専行し、あまつさえ売主やその代理人らと通じて私利を図ろうと企てていることが判明したことによるもので、被告にとつてはやむを得ない事由に当る反面、原告のために不利な時期に委任を解除したとかそのために原告に損害を生じたということにはならない。

(四) 宅地建物取引業者の売買の仲介は民事仲立として、その法的性質は準委任である。委任または準委任においては、受任者は、その受任事務完遂の後でなければ報酬を請求することはできないが、原・被告間の本件委任関係は、原告においてなんらその委任事務を完遂することなく、前記解任によつて終了した。

三  抗弁に対する原告の答弁

(一)  浜と被告間の和解が、被告主張の裁判上の和解というかたちでなされたこと、原告が、被告(の妻)から、介入を拒絶されたこと(ただし、その日時は昭和三九年三月ではなく、四月末である。)は認めるが、その他の主張事実はすべて否認し、その法的主張は争う。

(二)  原告は、本件受任以前被告から法律的な相談を受けたこともあつたが、これらに関し報酬の約束をしたり、これを請求したりしたことは一度もないし、本件の受任が、訴訟後で報酬を目的に訴訟事件に介入するものだとの主張は、あえて事実を歪曲する悪質な主張である。

本件売買当事者間に締結された契約内容はさきに述べたとおり、専門業者でない林新二による不公正な仲介の結果、極めて不完全なもので、実質的に見れば契約の成立とはいえない。これを当事者の納得のいく契約に補正し、その適正な完結に導くことは、まさに専門家としての不動産取引業者の業務である。

そして、原告は、浜、被告間の売買の「仲介」をしたのではなく、買主たる被告の「代理」を受任したのである。従つて、業者でない林の仲介による不完全な契約の成立は、もとより林に報酬請求権を生じさせるものではないのに反し、業者である原告は、たとえ中途から依頼を受けてこれに介入しようと、その代理行為が一回に終ろうと、千回に及ぼうとそれらに関係なく、法定の報酬請求権を取得するものである。

被告の原告に対する委任の解除は、被告あるいは同人の妻が、内田小一郎から、手付金二倍返しで話がつけば、原告に金一〇万円の謝礼をすることにしていたということを聞いたというような、なんら根拠のないことに端を発するもので、原告の責に帰すべからざるところである。

また、被告は解任によつて、原告の受任義務の履行は半途にして終了したから報酬請求権を生じないと主張するが、さきに詳述したとおり、原告は、本件売買契約の適正完結のために、被告に仮登記を受けさせて手付金流れを意図する売主の一方的解除と二重売りを防止しかつ代金支払の履行期を被告に有利に延期させることによつて契約上の不備を補完したにもかかわらず、被告の資金調達不能によつて買取りが完結しなかつたのであり、続いて契約解消の委任を受けるや、売主や代理人内田小一郎との間に接渉を重ねて、本件事案における被告の悪質性に鑑みればむしろ被告に有利に過ぎる手付金二倍返しという合意解除契約を結んだのにもかかわらず、これまた被告の不当な拒否によつて完結しなかつたのであつて、いずれも原告としてはその受任義務を完遂している。原告は、軍人勅諭と民法第一条、宅地建物取引業法の精神を旨として尽力したもので、これをもつて足らずとする被告の主張は、被告の悪質さを表明する以外のなにものでもない。

第三  証拠(省 略)

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